先史文明が伝える古からの地球の歴史と未来2 9月25日

 1366万年前に始まったと思われる人類の歴史について以下の項目を説明します。その内容を元にして私たちの文明に重要な動きの始まった8万年前以降の状況について、まとめの記事をお送りします。項目の順番に作業を進めます。
 ここにまとめる記事は、遺跡や遺物に残る直接的で誰にも検証可能な証拠に基づいており、あの世の声を聞いたという証拠の提示できないオカルトの類いとは異なります。科学技術の進歩の結果で得られるデーター類も利用し、客観的な評価に耐える事実とそこから推定できる人類の過去の歴史の流れをお送りします。

1)1366万年前の人類の始まりから8万年前までの遺伝子実験期間
1-1)月と人類の誕生と恐竜との共存 証明されていなかった恐竜絶滅と人類の始まり
1-2)プレート運動の歴史      ホットスポットの教えるプレートの動き
1-3)520万年前と現在の地殻変動、地震予知技術 約520万年前から現代へ解決策を託している
2)暦の遺跡の情報          2度の極移動と暦の変化の記録
3)歴史書と宗教書の情報       極移動に対応した宗教の変遷の記録
4)客観性のない科学の遅れ      権力の支配に利用されている愚かな姿
5)月、金星、火星、ティアマトの状況 忘れられた宇宙技術の遺跡
6)善と偽善の地球の遺跡の情報    世界に散らばる先史文明の遺跡の存在
まとめの本記事
8万年前以降の歴史の流れと未来    宇宙に文明を拡げる上でのティアマトの再生と、他者と共存する未来の姿

この記事の項目
1-2)プレート運動の歴史
1-3)520万年前と現在の地殻変動、地震予知技術

以下本文です
1-2)プレート運動の歴史
 地殻変動の問題を説明するに当たっては、古い学問としてのプレートテクトニクスの問題点に触れざるを得ないです。この事があるので地殻変動を起こした主因である太平洋プレートの回転運動について、論理的に説明するために以下のステップを踏んでご説明を行いたいと思います。この続きでやっと520万年前と現在の地殻変動のご説明です。

a)ホットスポットの成因と移動のメカニズム
 中央海嶺のプレートを動かす能力とマントルの熱対流はなく、中央海嶺の上昇流と沈み込み時の補流で決まるプレートテクトニクスの改良版の説明。
b)ホットスポットの動きが教えるプレートの運動

 ここからこの記事の本文です。
a)ホットスポットの成因と移動のメカニズム
a-1)ハワイのホットスポット 代表的なホットスポットの科学
 中央構造線の生み出すプレート運動ですが、こちらの考えているプレート運動の科学を一通り簡単に説明してから、その地震への利用を説明したいと思います。詳細は公表する論文によりますので、専門家には物足りない説明かも知れませんが詳細を書くと長くなるのでご容赦下さい。
 地球科学に無視されている海底に残る川の証拠の一つを紹介します。北アメリカ大陸の西側にある深さ約3kmの川の証拠です。
 こちらはマントルの対流が熱対流ではなく、海水の供給による上昇運動と、その補流である事を明確にしているのです。中央海嶺には大きな力があり、これまでマントルの対流と考えられていた物は、大半が中央海嶺の上昇力とその関連のマントルの力だったのです。
 熱対流派のプレートテクトニクスとプルームテクトニクスが見ないことにしているのがこれらの川の証拠です。海底面の変動が説明出来ないのでこの状態にある情けない姿です。

 米国西海岸では3千万年前に太平洋プレートの東側に存在した中央海嶺が、北米プレートの下に沈み込み消滅しました。この変化がホットスポットを生み出しています。5千万年前にはカナダの北部に中央海嶺が沈み込み、同様にホットスポットを残しただけでなく、太平洋プレートに大きな回転運動を生み出しています。歴史の流れは後で説明します。
 中央海嶺で海水により溶け出すマントルは海水の供給がなくなるとマグマを生産することが出来なくなります。すると下からわき上がってくるマントルはマグマになって向きを変えて左右に広がってゆく事が出来なくなるのです。

 その結果中央海嶺を形成することが出来なくなります。マントルには慣性的な性質があるので水の供給が止まっても深い部分のマントルには影響もあるはずがなく、すぐには止まれないのです。その結果プレートを約3km持ち上げてそれまで海底だったところを陸にしてしまうのです。この約3kmというのは現在の海底を見る時、深い場所と中央海嶺の高さの差が2~3kmありますので、この力の大きさには説得力があります。左右に広がる時は大陸を引きずるレベルでしょう。

 この時マントルの勢いのある部分は、漏斗状になっています。この漏斗の中身が数十万年かけて盛り上がり3km高くなった後、落ちてくるのです。その時は漏斗の中心に向けて中身が集中しますので、漏斗の表面を3km持ち上げると下では漏斗の面積比の分だけ何倍も下までマントルを突き動かすのです。
 慣性的な物とは中央海嶺下に残されたマントルの上昇を生み出してきた圧力分布と、海水により冷やされてきた領域の下で地電流が流れ続け、温度分布と電気泳動により形成された電流通路の影響です。上昇流を生み出し続けるでしょう。

 漏斗の半径を海底の川の到達域とすると200kmは存在します。中央海嶺方向は、となりのホットスポットまでの距離を利用すると長さ100km程度になります。
 下に突入したマントルは、コア表面のD層を大きく損傷するのです。イエローストーンの初期の地表のホットスポットの大きさは20x40km程度です。コア上の穴の大きさが反映されると仮定すれば、50倍の動きが深さ方向に生まれ150kmになります。熱絶縁性のあるD層の厚みに穴を作るでしょう。

 このD層の穴はそのまましばらく残ります。温度の高い液体がコアですので、ここに突入したマントルは溶けて消えてしまいますが、D層に空いた穴から熱をマントルに渡すようになります。これがホットスポットを形成することになる原因です。
 漏斗部分には活動初期において上下の力学的振動が残る可能性があり、この振動が地表に現れるホットスポットの始まりが線にならない理由かも知れません。そして一連の動きはマントルの熱対流では起きない反応です。ハワイのホットスポットの海底に移動する始まり部分は線状なので、その活動には多少の強弱がある程度かも知れません。
 メキシコの西部にあるカリフォルニア湾の北部に、ピナケイトと言う名前の火口群があります。ここはこちらの立場では生まれたばかりのホットスポットです。生まれる前には約3kmほど地殻を持ち上げており、カリフォルニア半島の南端にはこの深さに川の痕跡が残されています。この場所は生まれたばかりであり、上下運動の証拠である沈んだ時の証拠も残されていました。
 メキシコのサンタ・マリアの丘の遺跡の周辺を調べている時に、テーブルマウンテンを見つけることになりました。イラストを添付しますので確認下さい。山の形が上側を水平に削られてしまった形をしています。
 この山は一度海に沈んで作られた物です。-2kmほどを数万年間海中で過ごしている間に上側が波に削り取られてしまったことを表しているのです。この周辺を調べると2km前後の位置に削られた痕跡のない火山も存在します。火山として後から生まれた物であるのでしょう。さらに北側を調べると高さの多少異なるテーブルマウンテンが存在しており、かなりの広域にわたって地殻が上下したことを表していました。
 科学が無視したい現実の証拠です。自説で説明い出来ない物は無視され査読にも影響しないのです。如何に客観性を無視しているか明確に現れている部分です。

 動きの非常に遅いマントルに比べてその抵抗値に比例して流れる電流は、量は少なくても迅速な熱交換作用を持っています。マントルが熱的対流を起こすよりもはるかに早いでしょう。この効果は検討されるべきであり、上下方向の熱対流は起きにくく上昇流と沈み込み部分に見合った流体の補流のレベルが優勢と思われます。
 電磁気にはスケーラビリティという巨大現象と微小実験への類似性があります。教科書に出て来るナベの対流と地球のマントル対流でスケーラビリティの議論が通用しないのは、電磁気を無視する科学では熱対流を扱うことなど出来はしないからなのです。マントルや地殻の物質の中にある電気の運ぶ巨大な熱流を無視するからです。
 ホットスポットはD層の形状が修復される状況に合わせて、ゆっくりと形を変えて大きくなります。発生するエネルギーは小さくなって大陸地殻を貫くことは出来なくなるようです。
 これは流体のコアが、D層の形状の出っ張った部分を削り取ることと、コアとマントルの熱平衡が釣り合って再びD層を形成するまでの変化です。D層に穴を開けたホットスポットもゆっくりですがコアの流体に沿って北半球では南東方向に移動している様です。
 この種のホットスポットは山脈を削り取って平らにしてしまうほど活動的です。この目で他の部分を見ると、カナダにはもっと多くの不自然な場所があることが分かるのです。
 イラストにはカナダ、メキシコ、日本の例と、ハワイの物の始まり部分を載せています。

 カリフォルニア湾は今の時点で消滅中の中央海嶺の動きを表しているのです。ホットスポットも生み出しています。良く見ると中央海嶺の消えかけの部分が海底に見えており中央海嶺は20km位まで小さくされています。ここでは北側が陸に飲み込まれて動けなくなるので、南側が動いて中央海嶺を時計回りに回しています。その途中の状況が現在の構造線に残されています。東西に走る構造線が次第に時計回りに回転させられているのが分かると思います。向きが揃った所で陸になり最後はサン・アンドレアス断層のように左右のずれを生み出すプレート境界になるのでしょう。
 ここにたくさんの構造線が残されており、それぞれが中央海嶺の折れ曲がった部分に対応していることが分かると思います。
 プレートを押す力の大きさは、大陸をこの様に切断出来るほどの力であり、大陸をも動かせるでしょう。プレートテクトニクスにつながった大陸移動説ですが、アフリカと南アメリカの大陸をつなげてみると、そこに想定出来る中央海嶺により押し出された構造線が残されています。熱の対流ではなく中央海嶺の押しの力がこの動きを支えていると見る事が出来るでしょう。インドの例も載せておきます。
 こういった構造線が出来る程の動きです。この誕生時には大地震が起きた事は簡単に想像出来ると思いますし、その成長の過程でも押される事による動きが構造線上でずれとして地震になる部分も分かりやすいと思います。

 中央海嶺の押す力の源泉は、月と太陽による地球の変形運動だと理解しています。地球は月に引かれると地殻が50cm位上がると言われています。日々上下運動をすることになるのですが、この時にその表面は50km当たり38mmほど伸びる計算になります。
 中央海嶺の幅は25~50km位とのことです。ここが月に引き寄せられる時に約38mm伸びるのです。するとミクロン単位かも知れませんしcm単位かも知れませんが各地に隙間が出来るでしょう。引っ張るのは月の引力であり強大な力です。恐らくこうなるでしょう。中央海嶺の下部にはマグマがあるのであり、その表層は冷えて固まる所の地殻です。引っ張れば割れて当然です。そして海水も流入するのでこの割れ目の奥にあるマグマがさらに固まることになるでしょう。再び下に下がる時に、この部分が邪魔をして元の長さには戻れずに長くなるのです。
 太平洋プレートの成長速度は日本エリアでの計測で年80mmもあります。一日換算で0.2mmです。この量を固化することで生み出すとすれば、38mmが38.2mmになる計算です。この部分を動かすのは月の引力ですから、非常に大きな力で下に押し下げられるのであり、自分の重さが引力の影響を受けて動ける方向である成長方向へ地殻を動かすのです。実際に計算してみて驚きましたが、大きな誤差なく実現可能に見える数値でした。大きく動き始めるとマントルにも地殻を引きずる力が生まれますのでこの説明の力が全てではありませんが、主要な部分でこの働きが作用していると思われます。

 約1千万年前に月が生まれたとの説を提唱するのが遺跡からの情報です。この場合にそれ以前も太陽に向かって大陸が浮き上がるので、ここでの説明はそのままよく似た形で対応していることになります。潮汐力は1/3以下になりそうなので大きな動きでなくなると感じる所ですが、現実にはここ1千万年が3割ほど大きな動きになっている状況でした。
 ハワイのホットスポットですが、2720万年前のミッドウエー島から510万年前までのカウアイ島までは直線的に近い動きです。距離から動きの速度を求めるとネッカー島の1030万年前を規準にして以前は0.81km/万年、以後は1.075km/万年であり、3割以上の加速が得られています。以前の一日一回に対して今は一日2回の上下運動なので、動きの幅がその分時間で制限された結果と思われます。
 この時期に太平洋プレートの回転運動は継続していたと思いますが、動きは小さな物でした。520万年前の地殻変動始まるまでは、大きな変動がなかったので、中央海嶺の成長速度の差が現れやすいはずです。グリーンランド海極との緯度も13.5度くらいから9度への変化です。地球のプレート全体の動きを考えると実際にどう動いたのかは正確には判りませんが、コアの金属流より考えられるホットスポットの南北の動きは小さいはずであり、島列の速度を測る上での誤差は小さな物になっていると予想されます。
 月と太陽が地殻を上下する動きが中央海嶺の働きの大きさであると考えるとき、緯度が高い場所ほど中央海嶺の動きは不活性です。上下の動きのなくなる分左右に動いていると思われますが、これでは温度差を生み出せずマグマの固体化を促せないのでしょう。この状況はプレートの動きの速度が極域で少なくなる現実に明確に現れています。そして大陸の離散周期であると言われるウイルソンサイクルを考えても、極に捕まると動きにくくなる大陸が出ている部分を感じられます。どちらも熱対流では説明できないでしょう。

 中央海嶺はその成長方向が変化する時に細かく細分化して小さくなります。20km単位くらいまで小さくなって、プレートが直線ではなく曲がる部分に対応しています。これは成長の方向を変える時に起きる自然現象ですが、おおよそ20km以下になると中央海嶺を探すことが出来なくなります。この意味こそ大陸プレートを押す力を生み出す限界サイズでしょう。ある程度の大きさで太陽や月の引力の影響を受けないと大陸プレートを押して割ってゆく事が出来なくなるのです。
 反対に長い部分では500kmとかになります。こうなると押す力も強くなり成長速度も速くなっていると思われます。これも熱対流では説明出来ない部分です。

 あとは沈み込む部分ですが、日本の東北地方がその例になります。世界的にも沈み込み地帯は手前に重力異常地帯を持っており、ここにマントルの上昇流を仮定出来ます。その内容を説明します。
 中央海嶺では上昇するマントルに押されて全体が3km前後も持ち上がります。その後このマントルは遙か彼方の沈み込み帯まで何千キロも動くのではなく、大半は近傍で回収されてほんの一部が表層の地殻に引きずられて動いてゆくだけだと思われます。
 地殻は立体ですので、これを沈み込み帯で地下に押し込めば、その分の体積の釣り合いが必要になり、重力のバランスを取る事になります。
 この沈み込み帯の手前にはマントルの上昇を思わせる重力異常が計測されています。これだけなら意味不明なのですが、東北地方ではこのエリアにはマグマ溜まりの地震がほとんど起きないという現実があります。ここにマグマ溜まりの動きを止める動きが存在するのであり、それこそ流体の補流としてのマントルの上昇流です。地殻が飲み込まれてゆく分をここに上昇流として体積のバランスを取っていると考えられるのです。

 中央海嶺につながる構造線は、そのつながる中央海嶺の大きさに比例した力で動きます。大きければ早く小さければ遅いでしょう。ここに生まれている成長速度の違いは構造線にずれを生み出します。このずれは歪みとして存在しており時々地震として解放されることになるのです。中央海嶺から遠く離れていても、構造線によって直接つながっていれば、非常に大きな陸を動かす力がかかっているのです。構造線の抵抗と押す力のバランスで成り立つ地殻の安定が実際の現実なのです。これを乱せば大きな地震になるでしょう。この内容は未来の地殻変動の所で説明致します。

 ハワイのホットスポットは7000万年前までの痕跡が確認されています。これ以前の物はアリューシャン列島の中央部分から途中途切れてカムチャッカ半島の北側につながる不思議な地形が列の名残だと思われます。プレートの運動を遡るとこの列が再現出来るので、可能性は高いと考えます。時代としては1億年以上遡れるのではないかと思います。この時期にはアラスカ沖に南北に成長する中央海嶺の存在した事が、海底に残る磁気異常により明確です。ロシア側で沈み込みに飲み込まれて消滅し、ホットスポットを残したと考えられます。次の章でこのホットスポットの表す地殻の動きについて説明します。
 この種のホットスポットは山脈を削り取って平らにしてしまうほど活動的です。この目で他の部分を見ると、カナダにはもっと多くの不自然な場所があることが分かるのです。移動したホットスポットの候補を4本ほど指摘しておきます。
 これらの発生は約6200万年前以降を想定しています。この当時も中央海嶺が大陸プレートに飲み込まれていたのでした。

その他の代表的ホットスポット
a-2)トリスタンのホットスポット
 立ち上がるマントルプルームの上昇流が壁の様な構造を作り出すとき、具体的には南アメリカとアフリカ大陸が分かれたとき、壁が左右にずれる動きがあると、この流れの壁に沿った渦が生み出され、大きさ応じて下部が竜巻のように下に延びて、D層に届くことになる。この渦は中央海嶺直下の上昇流の周辺にまとわりつくことになる。
 この渦は動くことが可能であり、密度や圧力の傾斜があれば、その方向に動くと思われる。大西洋の中央海嶺が両側に広がった状況を見ると、米国東海岸とヨーロッパの間では南に行くほど大きく広がっており、南側ほど上昇流が大きかったことを表している。ホットスポットはこの状況に従い南側に移動することとなる。南アメリカとアフリカの間の状況も同じであり、渦は南側に移動したと思われる。

a-3)ケルゲレンとレユニオンのホットスポット
 インド亜大陸がアジア大陸に衝突したときに、インド亜大陸に裂け目が生み出されて、中央海嶺に発展しています。始まりの時には裂け目のインド南部で拡げる動きが強かったので、大量の海水の侵入を招いて洪水玄武岩台地を形成しています。レユニオンは後で出て来る2つの中央海嶺の衝突で生まれる火山島です。
 ケルゲレンにつながる火山列は、インド亜大陸を押している部分の中央海嶺と、その東側にあった中央海嶺の成長速度の差が生み出した物です。大きな成長速度の差があったので、この境界上には定期的にずれ運動が必要だった。この時に海水が浸入しマグマが生み出されている。中央海嶺付近で起こされた動きだったでしょう。
 ニュージーランド北東部のルイビユもこの種の成長速度の異なるプレート境界に生まれる同タイプです。回転運動の歪みが生み出していると考えられ、歪みの状況を記録しています。
 双方が生み出している洪水玄武岩台地の状況は4)の記事にて詳細を説明します。

a-4)アイスランドのホットスポット
 アイスランドとガラパゴスは非対称に広がるプレート境界に中央海嶺が生まれるタイプであり、広がりの大きな場所に大きな海水の注入が起きて大きなマントルの上昇流を生み出しています。この二つのホットスポットは下部がD層には届いていないタイプです。
 北米大陸は西海岸の中央海嶺が沈み込む前に時計回りの回転を始めたと考えています。時期としては3400万年くらい前となる。この回転運動が非対称なプレートの広がりをアイスランドにもたらしている。
 アイスランドの南側の中央海嶺を見ると、南から北の広がりの大きな部分に向けて海底が高くなっています。マントルの上昇力が南と比べて高まる程の、マントルの流れを促すマグマの誕生を表しています。
 ガラパゴス諸島も条件は似ています。こちらはアイスランドに少し遅れており、太平洋プレートの時計回りの回転運動が顕著になった時期から活動が始まっている。2300万年くらい前になる。時期はイースター火山島列と同様の始まりでした。
 ここは太平洋プレートが回転するために三角形のプレートを生み出す必要が生じた場所で、このプレートの形成につながる海水の注入が起きやすかった場所がガラパゴス諸島になると思われる。回転により広がる裂け目に海水が注入されたのです。

b)ホットスポットの動きが教えるプレートの運動
 1億年以上前から太平洋プレートは西南西と東北東に向かって安定して成長を続けてきました。約6千2百万年前にカナダに中央海嶺が沈み込んで太平洋プレートの時計回りが始まり約4千万年くらい前から顕著になり始め、現在は西北西方向に動いています。
 回転に合わせてガラパゴス諸島とその南に中央海嶺を生み出しています。地殻の岩石に取り込まれた磁気に、プレートが回転のために成長した時代を記録しています。
 通常中央海嶺は月と太陽の重力で上下に小さく振動しており、ここに下からのマグマの上昇圧力が加わります。マグマは液体であり、上昇して出来る隙間に入り込みます。その後岩になって浮力と隙間をなくした分、下がる時に重力で左右に広がるのです。
 この隙間の広がる方向は力学的に最も抵抗力の小さい方向になるので、成長する方向と形状は自然にプレートの動ける方向に調整され力の大きさに応じた状況を残します。活動が活発になると左右に広がるマントルがプレートを引きずり、隙間を広げる役割を果たす様にもなるでしょう。
 上昇流の押し上げたプレートの数kmの高さが、通常はプレート運動を駆動する大きな力になるのです。運動に障害を引き起こす抵抗があると、成長により上にたわんだプレートの下にマントルが蓄積されることになります。このマントルにかかる重力が、抵抗の大きさを越えたところでプレートをより強く押すのです。

 ハワイのホットスポットは、地球の核からのマグマの流れです。表層のプレートの運動が変化してもマグマが地上に出るまでの間に遅れが生じます。既にプレートに付随して動いているマントルの状況は変わらないのです。
 この深さと時間は正確には判らないのですが、数々の参考情報があります。この後説明する太平洋プレートの周辺にある回転の証拠は600~500万年前くらいです。これに対して表層側では180万年前くらいから方向転換が顕著になります。最近の論文では300万年前から回転運動が始まったとする研究がある事も聞きました。
 マントルの一般的な上昇速度は年数cmです。マグマは浮力がさらにあるのでもう少し早いはずですが、ざっと300万年近い時間が必要な様子です。今後の研究で正確になる時間差です。
 あと、ルイビユの屈曲が約5千万年前という研究結果があり、ハワイの屈曲の時期を大覚寺海山4700万年前にすると回転時期は5000万年前となってほぼ一致です。ルイビユはこちらの種別ではコアのホットスポットではなく表層の中央海嶺の成長速度の差が生み出す歪みの火山です。この差を加味してほぼ一致するのでこの前後100万年くらいで太平洋プレートの回転が起きているのではないかと思われます。
 以下ハワイの島列とイースター火山島列、ガラパゴス諸島の動きから推定できる太平洋プレートの回転運動です。誤差は現時点で+/-100万年単位であると考えて下さい。

5000万年前 太平洋プレート方向転換、東から西南西へ
3000万年前 回転運動の始まり、カリフォルニアへの中央海嶺の衝突
2500万年前 回転の明確化、日本海、四国パレスベラ海盆の活動開始。背弧海盆を生み出すだけのプレートの回転がこの時点で生じている。時期はおおよその参考情報です。
2300万年前 ガラパゴス諸島の西側と南アメリカの西側にプレートの回転を促す亀裂が入り、以後拡大してゆく。歪みはイースター火山島列にも現れている。
1500万年前 日本海の拡大活動終了。この時点でプレートは西向きになっていたと思われる。この時期はおおよその参考情報
 米国大陸の動きが方向転換しており、これに合わせて太平洋プレートにも回転を促す力がさらに加わり始める。イエローストーンのホットスポットの動きに現れている部分と考えています。
500万年前 大きく回転。今の方向である西北西へ。

 背弧海盆は関連プレートの回転に伴いマントルの上昇流を生み出すことがあり、その場合に拡大が始まる時に生み出される場所です。沈み込みの方向の力に回転方向の力が加わるので、合成力は向きと力の大きさを変える事になる。原理的には回転で舞い上がる女性のスカートと同じであり、この力で上昇流が起きると思われる。上記の年表の回転のタイミングで背弧海盆の拡大が見られるのはこの理由となるでしょう。

 この章の中では特記すべき動きは2点あります。
 5000万年前の方向転換ですが、この時期にカナダの北部に中央海嶺が飲み込まれて、ホットスポットを作り出しています。影響はこの部分が海溝に飲み込まれる抵抗になるので、それまで順調に進んでいた東に飲み込まれる動きが徐々に停止し、逆転にまで至っています。
 磁気異常のデーターで見るとこの時期にアラスカ南部の境界が北北西の成長面をほぼ北向きに修正しています。成長方向を阻害する部分が北側に生まれたので、これに対応する成長方向の変化でしょう。変化が固定化したのが5000万年前であり、太平洋プレートの北側にほぼ固定化した部分が生まれた物だと思われます。もちろん現在のカリフォルニア同様に断層を生み出して滑りを回転運動に転化していた可能性があると思われます。
 この結果で大きな変化を地球上に広く引きおこしています。大きくはこれまでと異なる力の影響を受ける部分では、中央海嶺レベルでその動く向きが大きく変わっています。
 まずはインド亜大陸です。おおよそこの時期に変化が起きていることが、プレートのつなぎ目の変化より明らかです。その延長であるオーストラリアに向かう中央海嶺はその影響もあって活性化が始まっています。その後の成長速度を速めているのです。それまでの北向きの成長方向から北東へと向きを変えていると思われます。
 影響の大きかった部分がジャワ海溝の誕生です。この時期にジャワ海溝が生まれており4000万年前の前後と思われます。衝突するオーストラリアプレートの動きと太平洋プレートの動きは、まずは衝突点に島々を生み出しマグマの上昇流で島を大きくしていたと思われます。プレートはまずは衝突により隆起しその内部に生まれる上昇流でマグマになり火山を経て島になってゆくと思われます。これは方向の異なる中央海嶺が衝突する場合に生まれる現象であり現在のレユニオンやキプロス、エトナ島など説明が可能です。
 太平洋プレートもオーストラリアプレートもその動きが大きいので、いつまでもこの状況が続くことはなく、押す力の強い方がより多く相手に乗り上げるので、この時はオーストラリアプレートが下に沈み込み、ジャワ海溝を生み出していると思われます。インドネシアやジャワの島々にはこの時に生み出されている物があると思います。1000万年単位の大陸の動きを見る中では、この海溝と島々の誕生は、太平洋プレートの方向転換が原因で引きおこされていると思われます。
 関連科学は太平洋プレートの回転運動の痕跡を見つけ始めた段階です。島と海溝の誕生の理由は教科書には載せられていない現実でしょう。

 もう一点はガラパゴス諸島と、イースター火山島列の誕生です。2300万年前の時期に太平洋プレートの回転運動が大きくなり、ココスプレートとナスカプレートの側に回転に対応する歪みを逃がすスペースを作り出しています。
 大きく3角形にまで成長した物がガラパゴスホットスポットであり諸島です。発生時期がこの回転運動の高まりを示すでしょう。
 同時にイースター火山島列も生み出されています。ここでは3角形にはなりませんでしたが、成長速度に差が出るほどの歪みが生み出されておりその結果で火山島列を作成しているのです。それぞれ回転運動による歪みの存在を明らかにする変化でした。

1-3)520万年前と現在の地殻変動、地震予知技術
a-1)520万年前の太平洋プレート周辺部の変化
 日本列島は今から1500万年前に今の地形に似た物になりました。当時のフィリピン海プレートと日本列島の衝突は、長野県の諏訪湖の南側で起きていました。
 6~500万年前に太平洋プレートが西向きから現在の方向である西北西に向きを変えました。この時に日本列島に沈み込む太平洋プレートの先端位置がずれることになり、同時にフィリピン海プレートに生み出されていた火山の列も東へ約80km動くことになりました。元の場所から移動して、この約80kmずれた場所に新しく火山が生まれることになったのです。
 その場所が丹沢山系であり、新しく東にずれて生まれた場所だけに、その北側に古い火山島列を持たなかったのです。
 日本に太平洋プレートの回転が及んだ時、近傍のエリアにも大きな影響が及んでいます。当時太平洋プレートがオーストラリアプレートに食い込んでおり、回転運動の妨げになっていた様です。バヌアツとフィジーと南側の海溝で囲まれた三角形のエリアです。
 急激な動きの原因は太平洋プレートが西北西に向きを変える時、この部分が今の形にちぎれて新しい境界が生まれた事です。古い境界は今のソロモン諸島、バヌアツ、フィジー諸島の南側の海溝だったと思われます。
 このエリアは1000~1200万年前に北フィジー海盆が拡大しバヌアツ諸島が時計回りに回転し始めたことで、太平洋プレートがオーストラリアプレートに食い込むことになったのです。背弧海盆の成長に伴い大きな抵抗に成長し、6~500万年前にちぎれて急激な回転を引き起こすことになったのでしょう。
 約300万年前から始まった北フィジー海盆とラオ海盆の東側への拡大により、現在再び大きな抵抗に成長しています。
 太平洋プレートの中央海嶺に注目すると、イースター島周辺では約500万年前に歪みが解放されて変形としての海山が少なくなっていることが分かります。プレートの成長速度を今と同じ100km/100万年に仮定してプレートの生まれた部分を遡りました。
 中央海嶺から東はイースター島が約200万年前の位置です。500万年前の場所に複数の海山が存在しています。西側の500万年前も同様です。
 イースタープレートは東北側の角がプレートの回転により北側のプレートに押されて、イースター島の誕生した時代から成長の抵抗になっています。周辺を見渡すと、約1000km北には緩やかなカーブの長い海溝が残っています。回転の歪みはこの様な形でプレートに残されるのかも知れません。

稲生雅之
イオン・アルゲイン