五穀豊穣と食の変化について 10月14日

 前記事に味噌と玄米について書いたのですが、少し書き残しがあるのでこの記事にて補足です。槍と政治の関連に注意していたので、調味料についても歴史に触れると意味があると気づけたのが、記事を書けたあとでした。
 難しい話ではなくて、煎り酒と醤油の関係を理解していなかった部分があり、歴史の流れで今があるとスマフォのAI君に教えられたのでした。先史文明の名残としての煎り酒だと考えてきたのですが、単純には梅干しと鰹節の完成を待っていただけの様子でした。
 醤油は味噌を造ると自然にこの存在に気づけて、あとは効率よく生み出す手法の完成を待つ部分の様子です。江戸時代に先に完成していた煎り酒ですが、保存の利く醤油が大量生産されるようになって、腐りやすい煎り酒が消えていった様子でした。
 昨日もたたきに続きで、3枚おろしのアジを、皮目をフライパンで焼き切って叩きました。今回も鯛の皮と同じであり、めんつゆだと皮目の味を美味しく感じ取れるのですが、焼き味噌だとやはり、塩分の暴力に負けていて、わかりやすさに差が出ていました。結局の所で皮のおいしさを楽しんできているあぶりの刺身ですが、ここにある皮目の脂と皮その物の美味しさは、強い塩分には勝てないのでしょう。醤油だと消し飛ぶので、あぶりの味が一般化しないのかと思わされるのでした。
 今の流れとしては、調味料としてのめんつゆレベルは簡単でしょうし、どこまで塩分を減らすかでもあるでしょう。減塩の焼き味噌は市販で20%くらいの減塩ですので、これで十分なのかは分かりませんでした。今受けている感じとしてはもう少し減らさないと塩分をそこそこに強く感じる気がします。

 ここまで理解したあとで、古事記と日本書紀にも出て来る五穀豊穣について考える事になりました。縄文時代とはこちら的には古墳の時代でもあるのですが、味噌も醤油もない状況で、塩による保存食で生活していたのかと思います。料理の研究としては塩漬けにすると味噌が生まれるので、味噌は存在したはずだと言われているのでした。
 醤油も古事記の時代にはその前身になる未醤という状況であり、どろどろの液体で醤油混ざりの味噌でしょう。このレベルはもっと前から存在できたでしょうし、ここから濾すだけなのでさらに濃い味の醤油も存在できたとは思えるのでした。大量生産が出来たかどうかでしょう。これが無理なので未醤ままに時が流れたのかと思えます。
 先史文明時代になると、3万年前でも6万年前でも良いのですが、ホツマツタエの記述が頼りであり、古事記にも日本書紀にも反映されているでしょう。五穀豊穣とは書かれておらず五穀です。米、麦、豆、粟、稗などであり、あわとひえは冷害に強いので、お米が全滅しても食材が手に入る的に使われていたのかと思います。
 お米もホツマツタエには出てきますしお餅にする部分も同様です。1月1日の正月、3月3日のひな祭り、女の子はかつきです。5月5日の端午の節句に、男の子は袴です。7月7日の七夕様、9月9日の栗と菊もあるのでした。ここに伴う食があるはずなので、お米がそれなりに一般的でごちそうとしてのお餅に仕上げられていた部分は明らかです。
 五穀にお芋が入らないのはこちらには不明瞭ですが、里芋と山芋は古い時代から存在しており、ジャガイモとサツマイモがなかったことまでは確かでしょう。普通に食べられていた痕跡を残しているそうです。

 まずは先史文明における煎り酒の検討です。材料が手に入るかの検討です。
 ホツマツタエにはお酒の記述もたくさん残されており、日本酒が飲めていた部分は間違いないでしょう。ヲシテ文字の文章のフトマニには蒸留酒を造っていたと思われる記述もあるので、土器に残る蒸留の姿も間違いない物だと考えています。
 有効鍔付き土器として用途が不明にされていますが、薬草類の蒸留と焼酎の蒸留に使えていた部分は、土器に描かれている文様から明確ですし、土器に竹の筒とイノシシなどの皮を組みあわせるだけで簡単に蒸留ができるので、これが利用されていたのは間違いなのでした。ただ、一部の先史文明の科学を残している場所だけだったかも知れません。
 ここではこの蒸留が可能な部分を実証してあり、50%以上のアルコールを造れた部分は間違いないだろうと考えています。実際にやってみた結果ですので蒸留は当時でも、問題なく出来ていたのです。土器の真似は出来ないのですが、アルコールの蒸気の流れを同様の手法で冷やして液化する部分は検証済みだという話です。
 続きは梅になるのですが、日本の変化は何でもかんでも奈良時代に中国から入ってきたという記述にあふれています。梅もそうなのですが、調べてみると縄文の遺跡と古墳からも出土しています。この意味で奈良時代の輸入品と言うよりも、先史文明の時代の、もっともっと古い万年前から日本に来ていた物だと思われます。
 キトラ古墳と中国に残る星座はよく似たものがあるので、6~3万年前の時代に日本と中国の間に経済的な交流があったのは間違いないと考えています。当時の中国が悪魔の側なのかは不明瞭ですが、交流があるなら梅が日本に来ていても不思議はないのでした。
 残りの鰹節ですが、これも魚肉を保存食にするのは干物として普通ですので、間違いなく存在して、同様に使われていたのではないかと思われるのでした。
 ここまで調べると、3万年前の日本でも煎り酒を作ることが出来たでしょうし、塩漬けの保存から味噌も醤油も生み出されていたはずであり、普通に江戸時代の食生活に近いと思えるほどなのでした。1月1日の正月から9月9日の栗と菊まであるので、原始人の様な狩猟生活にはほど遠いと分かるでしょう。

 こちらのお勧めしているなれ寿司も、先史文明時代からの料理でしょう。簡単に作れる保存食ですし、発酵食の健康へのメリットも先史文明時代なら理解されていたでしょうから、日本の各地に根付いていたのでした。味覚の点で今のにぎり寿司に負けるので廃れてきているのは確かですが、白米が大量に出回る状況であればこそです。五穀を強調していた時代であるなら、お米をそれなりの高級食材に捉えるでしょうから、なれ寿司もごちそうだったでしょう。今は手頃に酢と砂糖が入手できるので、手間をかけるなれ寿司が減ったのでしょう。
 昔は防腐剤などないので、腸内細菌叢には善玉菌がたくさんいて、人間の免疫力を支えていたでしょう。特に発酵保存食の多い日本ならではなのだと思えます。
 日本では奈良時代以降は仏教の影響で、動物肉をあまり食べなくなっています。食べる人は食べるのでゼロではないのですが、一般家庭では食べることのない食材だったでしょう。
 これが縄文時代になると、イノシシを飼育して、祭礼などでごちそうとして振る舞った痕跡が残されています。食べられるものは何でも食べたでしょうから、これで普通なのですが、ホツマツタエは肉食を推奨しないのでした。
 この流れで今の食材の変化が導かれているのかとは思います。昔も動物肉を食べていたのですが、自然と仲よくする必要が生まれている12660年前からの今の文明です。現状で牛、豚は乳製品の提供で、鶏は卵です。肉はワニ以下で可能であり魚がメインになりそうな流れでしょう。
 ここは進んで行く部分ですが、日本は海産物が多くて、動物食が少なかったとは思えるのでした。

 五穀の話に戻ると、お米ばかりを食べる現状は、しかも精米してビタミンB1を取り除いてまで白米の甘みに浸る生活は、悪魔な医師達に導かれているとしか思えないのでした。江戸時代に脚気が広がった時でも、武士の中には白米食が良くないと家来に話しをしている者がいるのです。
 科学が進む必要があったのは確かですが、今でも白米と白パンが普通にあふれていて、食べる食材の糖質が5割以上で推奨されるのは、WHOの悪魔達が人々を病気にして治療の利益に変える悪魔の錬金術でしかないでしょう。
 五穀豊穣は先史文明の言葉ではなくて、奈良時代以降の言葉です。それでもお米に頼りすぎる事への問題意識がここにあったのでした。当時は冷害でお米が取れない時にどうするかが重要だったので五穀を重視したのかとは思えます。この意味だとお米も冷害を避ける生産に問題がなくなった現在では、五穀は見直しに近いのでしょう。
 特にあわとひえは小鳥の餌であり、健康食としてしか口に入らないでしょう。これも変化なのかとは思うのですが、食文化としてどうあるべきかを考える時なのでしょう。
 これがWHOの悪魔達を追放するからこそ出来るというか、必要になるのです。お米一本槍で何が嬉しいのかが、よく分からなくなっているからでもあるのでしょう。

 今はお金がないので麦ばかり炊飯ですが、なれご飯を実戦していた時には、お米、麦、ジャガイモにトウモロコシまで、何でもなれご飯に出来る部分を実証しています。やれば分かるのですが、甘さと酸っぱさが増すので、これをを美味しいと思えるのでした。
 この時に思えたのは、お米も美味しいのですが、麦はさらに美味しいと感じる時があり、どろどろに溶ける部分でも美味しさが増す部分があるのでした。お米には心が残る的な差です。他の文明でも健康食になるようにジャガイモやトウモロコシまで試していますが、そのまま食べるよりも菌類のお世話になる方が、栄養素の面でも良さそうなのでした。
 この話は、麹菌と乳酸菌を大量に取り込んで、防腐剤に狂わされている腸内細菌叢を善玉菌に改善する話でもあるのでした。免疫力を増強できるのでお勧めでもあり、実際に健康になるでしょう。味覚の面で0.5合くらいを毎日でも、時々でも食べたいのですが、今はお金がないので我慢なのでした。
 なれご飯のメリットですが、菌類の出す消化酵素が貴方の消化を現実的に助けるので、体の消化負担が減る部分を実証してあり、60kgの体重が1kg普通に減るほどの効果があったのでした。

 今は麦を普通に炊飯するのですが、お米より安い分、水煮の大豆を混ぜて炊くことが普通でした。麦だけだと糖質に偏るので、豆類の蛋白質を取りたかったのでした。五穀の豆の活躍です。
 砂糖で味付けした豆類だとそのままに甘みを楽しめるのですが、慣れないと始めは美味しくないでしょう。ここでは豆だけでもお米の代わりに出来る程ですが、やはりいろんな物を食べたいとは思うのでした。
 麦の炊き込みご飯は普通に出来るので、いろんな物を入れて健康食のつもりです。驚くでしょうが、以下の物を入れても普通に食べられて美味しいのでした。めんつゆで味付けする時もあります。

ジャガイモ、油で炒めても良い
サツマイモ、油で炒めても良い
長芋に油揚げ ヤマトイモでも同じでしょう
里芋に油揚げ これから試す分です
バターピーナッツ
栗とサツマイモ
4~5種類の豆煮
ゴボウににんじん
鯛のあらの焼いた物

 普通に炊き込みご飯にすることで、五穀と言うよりもいろんな物を美味しく食べられるのでした。
 説明すると驚くでしょうが、バターピーナッツはお酒のおつまみになる物をそのまま入れて美味しいのでした。塩味だと塩を水抜きする必要があるかと思えたのでバターです。そのまま入れても大丈夫だった所がありがたかったのでした。
 栗はむき栗としてパックに入っておやつ的に売られている物です。これは量が少ないと感じたのでサツマイモを混ぜていますが、栗の美味しさはそのままに頂けるのでした。
 干し芋とかも試したいのですが、これは高級食材です。すぐには試せないでしょうが、いろんな食材を入れてみて、美味しければそれで良いし、お米だけに偏っても美味しくないとまで思える所です。特になれご飯が自分の中では普通なのでお米だけよりも、合わせる料理を楽しめるのでした。
 
 五穀は昔の日本の食を飢餓から救ってくれたでしょう。この意味での五穀の重視はもう必要のない時代になるでしょうし、ここでは工業農業まで推進です。農薬を減らしてどこまで健康に寄与できるか、これからの努力です。
 今は農薬を減らす部分が重要です。グリホサートは毒性を1/10に偽装して世界に広がったような物であり、ごく微量でも人体に非常に悪いです。蓄積される効果と1/10で評価されてきた毒性こそが問題なのでした。
 米国の麦の例ですが、収穫前にグリホサートを散布すると、脱穀作業が楽になるので農薬を使うという話まであるのでした。これは高濃度で残るのですが、規制の範囲内だでお終いでしょう。こんな物を食べたくないのですが、悪魔な政治はこれを世界に広げて、人間の健康と生殖力を奪い続けているのでした。
 コンビニ弁当の防腐剤と農薬の被害は、人体に蓄積すると言う意味で、この部分を無視して安全だという話です。これらこそが人工受精児の数を100人に一人から10人に一人まで増やして来ているのであり、統計の流れでは20年後は全員人工授精のリスクなのでした。これを超えるともちろん、人工授精でも子孫を残せなくなるほどに、人間の生殖力を劣化させるのでした。
 ここに向き合う必要がある問題こそ、食の問題です。WHOは話にならないのであり、世界の各国でこの問題に向き合って生殖力を回復させる必要があるのでした。五穀は飢餓から日本人を守ってくれました。この先の五穀は健康を守る物になるのであって、種類が増えるとしても、農薬や防腐剤などの化学物質の影響を理解して、これらの影響を最小限にとどめるか、使わないに越したことはないでしょう。
 食は健康に直結です。私達の健康を守るためにはWHOの嘘など聴けないのであり、医学の教科書の嘘だらけの問題の見直しも含めて、これから変化の時になるのでした。五穀豊穣がどんな言葉に変化することになるのか、お楽しみにです。

稲生雅之
イオン・アルゲイン