にんげんクラブの全国大会が9月の22,23日に横浜で開催されます。こちらのソフトウエアの高機能版の完成が9月20日予定なので、この販売につながる展示会に出展することにしました。講演会の会場の下で展示会が開かれており、ここにブースを出すことにして準備をしています。
昨年のバイブルコードメッセージの発売後に少しリスクが高くなっていました。今は今年の5月に出した本・太陽の伴星がゆっくりと進んでいることもあり、来年春くらいに予定している英語の本と英語のソフトの販売を開始するまでは特に面倒なトラブルは起きない感じです。
いろいろな方のアドバイスを伺うのですが、今回はこの種の活動も必要とのことで、予定を立てています。
この展示会の出展案内に広告が載せられるので、その広告を準備する作業を進めていました。高機能版とその後に予定しているVer2.0への時間分解機能の追加オプション販売に対応した物を作っていました。
最初は三浦友和さん、山口百恵さんのそれぞれでグラフを出してプロポーズや結婚、仕事がどの様に出ているかを説明するつもりでいました。
このお二人のグラフはきれいに関係性が出ていました。とても分かりやすいのでこれを使いたかったのですが、広告に利用するには費用が発生するとのことでした。名前をイニシャルにしても相手が特定できてしまうとのことで、残念ですが、これから了解を取って可能なら次の本や広告に載せたいと思っています。
今回はこのお二人の代わりに費用のかからない人として坂本龍馬を解析しました。このご紹介を簡単にしたいと思います。
坂本龍馬は皆さんご存じの幕末の志士です。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で知名度を上げたと言われています。
現実の坂本龍馬と、司馬遼太郎の坂本龍馬の間には大きな違いがあると感じていますが、この様な部分はいずれ暗号解析を通じて見てゆきたいと思います。
31歳で暗殺されるまで駆け足で生きた印象の強い方です。ここではおりょうさんの関係と、彼の仕事をグラフで見てみたいと思います。
広告に使ったグラフを下に載せます。調べた言葉は
運命
決断
仕事
家庭
結婚
離婚
りょう
です。
上のグラフには龍馬の2度の脱藩に伴う決断が出ています。脱藩に伴う大きな仕事が2つのピークとして下のグラフに出ています。
おりょうさんとの結婚には諸説あり、龍馬が手紙で妻と紹介するのは1866年以降らしいですが、おりょうさんの残した資料によれば、1864年に内祝言を挙げたことになっています。
この関連でおりょうさんが龍馬に出会ったのは1863年とも言われていますが、どうもはっきりしません。この様なことまで分かるとある意味面白いのですが、可能性としては通常複数の情報が出る物です。どれが正しいかはまだ判断が難しいのが現状です。
ここには載せていませんが、おりょうさんのグラフで「りょうま」という言葉を見ると、ピークは62年と64年に出ていました。64年はやはり何かあった年なのかもしれないと思います。
龍馬の仕事として言われる大政奉還ですが、ここに至る仕事の流れでゆくと、彼の亀山社中が65年に設立され、ここを経由してイギリスの武器が扱えることになったことが大きいと思います。
竜馬がゆくには、歴史の裏事情とも言うべき武器商人としての側面は描かれないのですが、現実はこの力により大政奉還に関わってゆくことになったと思っています。
66年1月に薩長同盟が結ばれていますが、その翌月2月にその同盟内容に関する手紙に坂本龍馬が裏書きの保証をしています。
この意味は普通に考えても武器の供給などの保証につながる物であり、ただ内容を保証するには止まらない物です。いわゆる密約のたぐいでしょう。
薩長同盟はイギリスの武器供給に保証を得たので倒幕に動くことが出来、67年の倒幕につながっていったと見る事が政治的には普通なのでしょう。人の力も大きくある物ですが、それはこの様な現実の力の上にあった物でしょう。
この意味でも龍馬の仕事は、亀山社中を作って動かしていったことが一番なのでしょう。暗号の示すピークの意味はこの様に感じられています。
この意味でゆくと、67年の暗殺は非常に残念な物ですが、武器商人の口封じに見える物です。今までイギリスに動かされていた部分を意識した上で、日本のために動こうとしたところが暗殺を招いたのでしょう。その立場の未来をイギリスが恐れたのかもしれません。彼が生きていたら日本の未来は大きく変わっていた事でしょう。
稲生雅之